はじめに|人に頼る作業を、Pythonで変える
製薬や化学の研究・製造の現場には、まだまだ「人の勘」や「目視」に頼った作業が残っている。例えば結晶の形や色の判定、分析データの整理、仕込み時の記録など。どれも重要な業務だが、属人的でミスが起きやすく、再現性に欠ける場面が多い。
私はこれまで研究や製造の現場で働きながら、「Pythonで業務を改善できないか」と考え、いくつかの小さなツールを開発してきた。本記事ではその中から代表的な4つを紹介する。どれも最先端のAIや高価なシステムではなく、Pythonの標準的なライブラリやオープンソースを活用したものだ。小さな工夫の積み重ねが、現場の大きな改革につながることを実感している。
1. 結晶画像の自動解析ソフト

課題
顕微鏡やSEMで撮影した結晶画像は、研究において非常に重要な情報源だ。しかし、その形状(板状、針状など)の判定は研究者が目視で行うのが一般的だった。目視には経験や主観が入りやすく、同じサンプルでも人によって「板状」「針状」と意見が割れることが珍しくない。
解決
そこで、Pythonの画像処理ライブラリ(OpenCVなど)を使い、結晶の輪郭を抽出し、アスペクト比や面積などの指標を数値化する仕組みを導入した。こうすることで、人が写真を眺めて判断するのではなく、数値基準に基づいて「この結晶は板状」「こちらは針状」と自動で分類できるようになった。
効果
これにより、研究者間の判定のばらつきが解消され、議論の土台が客観的なデータに変わった。また、報告書や学会発表でも「客観的な指標を使って分類した」と説明できるようになり、説得力も高まった。
2. HPLCデータのPDF自動処理

課題
分析の現場では、HPLC(高速液体クロマトグラフィー)のデータをPDFで出力することが多い。しかしPDFから数値を抜き出すのは簡単ではなく、多くの研究者はスクリーンショットを取り、Excelに手入力していた。数値を1つ間違えれば大きな問題につながるし、単純に時間もかかる。
解決
PythonでPDFを読み取り、指定した表を自動的に抽出してExcelに落とし込むツールを作成した。表の位置や形式に依存しないよう、画像処理と文字認識(OCR)を組み合わせることで、柔軟に対応できるよう工夫した。
さらに、実際の運用を意識して「スクリーンショットを撮ってアプリに取り込むだけで、表がExcel上に整形されて表示される」ように設計した。これにより、ユーザーは複雑な操作を覚える必要がなく、誰でも簡単に利用できる仕組みとなった。
効果
これまで数分かかっていた作業が、数秒で終わるようになった。しかも入力ミスがゼロになる。さらに、この仕組みはHPLC以外の分析データにも応用可能で、同じように「PDFから表を抜き出してExcel化」するニーズに幅広く対応できた。現場からは「これが欲しかった!」と大好評だった。
3. 結晶色の数値化ツール

課題
結晶の色もまた重要な情報だが、従来は研究者の目視に頼っていた。「黄色」「淡黄色」「やや褐色」といった表現は人によって解釈が異なり、議論や報告書作成のたびに微妙なズレが生じていた。
さらに、品質管理の観点からも結晶の色は無視できない要素であり、安定した製造や再現性のある研究のためには、主観ではなく客観的かつ定量的な基準が求められていた。
解決
Pythonで結晶画像を読み込み、RGB値やHSVといった色空間に変換して数値化した。これにより、同じサンプルは誰が判定しても「色番号123」「RGB(200,180,50)」といった客観的なデータになる。
効果
判定基準が統一され、報告書や実験ノートに「淡黄色」と書く代わりに「RGB値○○」と記載できるようになった。監査やレビューの場でも「主観ではなくデータ」と言えるのは大きな強みだ。人間の目に頼らず、再現性のある研究が実現できた。
4. 試薬仕込みの音声記録システム

課題
試薬を仕込む作業は両手がふさがり、ノートを取ることができない。しかし「何時何分に仕込みを開始したか」「どのような状態だったか」といった記録は重要だ。従来は作業後に記憶を頼りに書き込むしかなく、抜けや誤記録が起こりやすかった。
解決
Pythonと音声入力を組み合わせ、作業中に「仕込み開始」「仕込み終了」と声を出すだけで、自動的に時刻を記録できる仕組みを作った。両手がふさがっていても、声だけでリアルタイムに記録が残るのが大きなポイントだ。
さらに、仕込み途中に発泡や発熱といった異常や観察事項が生じた場合も、その場で音声で記録することができる。後から思い出して書き足す必要がなく、臨場感のある正確なデータが残せる。
また、「おんどとり」と連携させれば、その時点の温度データと自動的に紐づけて保存できるようにした。音声+温度ログの組み合わせにより、トレーサビリティが強化され、監査対応や品質管理にも大きく貢献する仕組みとなった。
効果
作業中に手を止めずに記録が残せるため、記録漏れがゼロになった。音声メモとして残しておけば、仕込み時の注意点や気づきもそのまま共有できる。結果として、トレーサビリティの確保や品質管理の強化にもつながった。
今後は電子ノートにも応用できるように、調整中である。
まとめ|Pythonは現場DXの第一歩
今回紹介した4つの改革は、どれも「ちょっとした現場の困りごと」を解決するために始めたものだ。しかし、実際に動かしてみると、効率化・品質向上・監査対応力の強化といった大きな効果をもたらした。
Pythonは決して特別な技術ではなく、誰でも学べる。だが、現場の課題に即した工夫を加えることで、既存の仕組みを大きく変える力を持っている。
私自身も、研究者やエンジニアとしての経験を通じて「Pythonは現場DXの強力な入口だ」と確信している。これからも小さな改革を積み重ね、現場の未来を形作っていきたい。




