はじめに
「DX(デジタルトランスフォーメーション)」という言葉が社内に響き始めると、多くの製薬会社やメーカーでは、まず情報システム部門や一部の有志が動き出す。
ただ、現場側でDXを推進する立場に立つとすぐ分かる。
DXは「便利なツールを入れる話」では終わらない。むしろ、詰むのはだいたい**技術ではなく“人と組織”**だ。
私は社内SEではない。
研究・製造の実務の延長で、現場の改善や仕組み化を進める現場DX推進担当として動いてきた。だからこそ、経営層の理想と現場の現実のギャップに何度も挟まれたし、「正しいことを言っているのに進まない」という壁にもぶつかった。
この記事では、現場DX推進担当として実際に感じたDX推進の難しさを整理し、少しでも前に進めるためのヒントをまとめる。
「DX担当に任命されたが、正直しんどい」と感じている人の頭の整理に使ってほしい。
結論:DXは「大成功」より「小さな勝ち筋」を量産した方が強い
DXというと、立派なシステム刷新や全社統合を想像しがちだ。
だが現実の製造・研究の現場で効くのは、派手さよりも小さな改善が積み上がって“戻れない便利さ”になる状態だ。
- まずは小さく勝つ(現場が体感できる成果を出す)
- 次に標準化する(属人化を潰す)
- 最後に育てる(現場の自走力を増やす)
この順番を外すと、ほぼ確実に崩れる。
DX推進の理想と現実

経営層の理想(間違っていないが“土台”が要る)
経営会議では、だいたいこういう言葉が並ぶ。
- 「ペーパーレス化を一気に進めたい」
- 「AIやデータ解析を使って業務を効率化したい」
- 「システムを統一して、属人的な業務をなくしたい」
方向性は正しい。むしろ正解だ。
ただ、現場を知る社内SEの頭に浮かぶのはだいたいこれだ。
「それを実現する前に、まず“足場”がない」
現場の現実(DX以前に“運用”がギリギリ)
現場に降りると、景色はこうなる。
- 古いExcelが数百本ある。どれが最新版か分からない
- 紙の手順書・紙の記録が依然として必須。印鑑文化も根強い
- PCスキルの差が大きく、導入しても使える人と使えない人が二極化する
- 「忙しいから改善は後で」がデフォルト。結果、非効率が固定化される
この状態で「AIで効率化」と言われても、現場にはこう聞こえる。
「今の仕事を回しながら、新しいやり方を覚えろ」
そりゃ抵抗も出る。抵抗が出るのは、能力不足ではなく、構造の問題だ。
現場DX推進担当が直面する3つの難しさ
1. 現場理解とIT理解のギャップ
現場担当者が求めているのは基本これだ。
「業務を止めずに、今より楽にしてほしい」。
一方で、仕組みを入れる以上、教育やルール変更、一時的な混乱は必ず発生する。
ここで説明を誤ると、現場からはこう見える。
- 「仕事が増えた」
- 「余計なことをやらされた」
- 「今まで通りでいい」
例えば、ある部署でマクロを導入したとき、最初は「便利そうだけど覚えるのが面倒」と冷たい反応だった。
しかし月末の集計が半日短縮できると分かると、今度は手のひらを返すように感謝された。
この現象が示しているのは単純で、導入の苦労と成果実感にタイムラグがあるということだ。
現場DX推進担当は、そのタイムラグを越えるまで耐えながら、理解を取りに行く必要がある。
2. 属人化の壁
現場改善のツール(マクロやPythonツール)は、刺さるとめちゃくちゃ喜ばれる。
ただし、同時に一番怖い副作用が出る。
「その人しか直せない仕組み」が量産される。
退職者が残したマクロがブラックボックス化していて、解析に何週間もかかった経験がある人は多いはずだ。
便利だったはずの仕組みが、後になって運用の足を引っ張る。
現場DX推進担当は、ツールを作るだけでは終われない。
本当に価値が出るのは、「誰でも回せる状態」に落とし込めたときだ。
3. 評価されにくい現実
現場が楽になり「ありがとう」と言われる。
でも、昇給や表彰にはつながらない。これが現実。
なぜか。
現場改善は売上のように数字で見えづらく、「止まらなかった未来」は評価されにくいからだ。
工数削減も、品質リスク低減も、見える化しない限り「気の利いた改善」で終わる。
結果として、現場DX推進担当はこう感じやすい。
「報われないのに、責任だけ増える」。
ここで折れる人が出る。
だからこそ、改善は“善意”で回すのではなく、仕組みとして継続できる形にする必要がある。
それでもDXを進めるために(現場で実装できる解決策)

小さな成功体験を積み重ねる
いきなり大規模刷新を狙うと、失敗する確率が跳ね上がる。
まずは小さく勝つ。
- 紙のチェックリストを電子化する
- 月次集計をマクロで自動化する
- 記録文章をテンプレ化し、工数を削る
ポイントは、現場が「体感」できる改善から始めることだ。
“便利になった”が分かれば、次が動きやすくなる。
標準化と共有の仕組みをつくる
属人化を防ぐのは、気合ではなく仕組みだ。
- コードやマクロは共有場所に集約する(社内サーバー、Git等)
- 最低限の使い方・注意点のメモを残す
- 「作った人がいなくても回る」状態を目標にする
特に重要なのは、完成度よりも引き継げる形にすること。
これができると、改善の寿命が伸びる。
DX人材を増やす(“現場の自走”を作る)
現場DX推進担当が一人で抱えると、いずれ限界が来る。
だから、現場の中に「軽く触れる人」を増やした方がいい。
- VBAでちょい自動化できる人
- Excelでデータ整形できる人
- 手順を守って運用できる人
この層が増えると、DX推進担当は火消しから解放され、もっと大きい改善に集中できる。
教育コストはかかるが、回収はできる。
DX推進のリアルな難しさ
DX推進は「便利な道具を入れる」では終わらない。
- 利害の調整
- スキル格差の吸収
- 属人化を防ぐ運用設計
- 文化の抵抗を越える説得
結局、これは技術の問題ではなく人と組織の問題だ。
だからこそ、派手さはなくても、地味な基盤づくりが一番効く。
現場DX推進担当の仕事は、目立たない。
でも、組織の未来を左右するのはこういう「見えにくい土台」だと、私は本気で思っている。
まとめ
DX推進の難しさは、技術よりも「人」にある。
現場DX推進担当は、
- 経営の言葉を現場に翻訳する橋渡し役
- “便利”を“運用できる形”に落とす仕組み化係
- 自走できる人を増やす火種づくり
この3つを同時に求められる。
華やかではない。むしろ泥臭い。
それでも、現場が少しずつ軽くなり、ミスが減り、止まらないラインが増えていくなら、それは確実に価値だ。
DXは一撃で変えるものじゃない。
小さく勝って、積み上げて、文化にしていく。
現場DX推進は、そのための「静かな改革」だ。。
この順番で、DXは現場に根付く。



